私が見た摂理

摂理の教祖:鄭明析(チョンミョンソク)牧師について


今回は教祖がテーマです。

日常ネタが多いブログではあるのですが。

今回は、少し宗教色のある濃い内容にも触れてみようと思います。

摂理を知らない方にとっては、

「噂の摂理の教祖はいったいどんな人なんだ?」

と気になる方が多いようです。

 

ばたばた結婚戦記ブロガーの共通点は、

「摂理で結婚した人たち」ですから。

長く教祖を見て接してきた人たちとも言えます。

切っても切れない話題ですね、実は。

 

 

摂理の教祖について気になる方、知りたい方は、是非お立ち寄りください。

 

【キリスト教福音宣教会(摂理)とは】

私達が日々通っている教会はキリスト教福音宣教会(通称:摂理)です。

「摂理」という言葉は、普段聞き慣れない方も多いのではないでしょうか?

それもそのはず、キリスト教用語なんですね。

日本人にとって、とっても縁遠い宗教・キリスト教の用語ですから

聞かないですよね。普段は。

キリスト教用語で

世界のすべてを導き治める神の意志・恩恵。

 

創造主である神の、宇宙と歴史に対する永遠の計画・配慮のこと。神はこれによって被造物をそれぞれの目標に導く。

このような意味合いがあります。

 

 

『摂理』って、とっても素敵な意味の呼び名だなと思います。

(昔は全く神様を信じていなかった私ですが、今は信じている立場としてそう思います)

 

”この教会のすべてを神様が導いてくださっている!”ということですから。

 

人が人の意志でつくる教会ではなくて、

神様の意志・ご計画の通りにつくっていける教会って良いと思います。

 

私が摂理を気に入った一つの理由はここにあります。

”人”ではなくて、”神様”が中心というところ。

(元々、宗教嫌いで、神様の『か』の字も信じないような私でしたが、

正しい聖書の読み方、神様についてを学んで分かったら、神様は本当に素敵だということが感じられました。

ちっぽけな自分の考えの数億倍も大きな考えを神様は持っていることを知ってとにかく驚きました。)

 

詳しくは摂理(キリスト教福音宣教会)公式サイトを御覧ください。

あとオススメは摂理の最新情報を知ることが出来る摂理の猫カフェ

こちらは、世界の摂理事情や摂理の気になるあれこれが見つかるサイトです。

 

そして本題、摂理の教祖についての話題に移っていきましょう。

【摂理の教祖:チョンミョンソク(鄭明析)牧師】

摂理の教祖は誰ですか?

摂理の教祖は誰ですか?と聞かれたら

「鄭明析(チョンミョンソク)牧師です。」と答えますが、

摂理の教会に通っているわたしたちにとっては、そもそも教祖という認識がとっても少ないです。

なぜって、摂理は人を中心にしているわけではなく

創造主神様を根本にしているからです。

ひたすら考えの中心が”教祖”なのではなく、”神様”なのです。

教祖である鄭明析牧師自身も”私を中心にしなさい”と教えるのではなく

”ただひたすら神様を中心にしなさい”と教えてくれました。

【鄭明析(チョンミョンソク)牧師について】

鄭明析牧師に関するサイトや関連記事のご紹介です。

◆チョンミョンソク牧師については、公式サイトがありますので是非こちらを御覧ください。

鄭明析牧師(チョンミョンソク)公式サイト

 

◆こちらは、摂理(キリスト教福音宣教会)の公式サイトで紹介されているページです。

鄭明析牧師紹介 摂理(キリスト教福音宣教会)

 

 

◆ベトナム戦争でのエピソードも沢山ありますがその一部を紹介した記事です。

チョンミョンソク牧師のベトナム戦争体験記【無線機の事件】

戦後70年に考える〜鄭明析(チョンミョンソク)牧師とベトナム戦争のお話し〜

 

 

トップの鄭明析牧師の写真は摂理(キリスト教福音宣教会)公式サイトからの引用です。

 

 

他の方々が見た摂理の教祖について書いていただいた内容を紹介します。

 

 

 

まずはあっこママさん。

25年ほどチョンミョンソク牧師を見てきた先輩です。

あっこママさん:25年教祖を見てきた2児の母

 

摂理のあっこママです

 

私は大学生のときに摂理に出会い、

摂理メンバーと結婚して、

2人の子供を育てています

 

摂理に来て25年ほど経つので

人生の半分以上、摂理にいます(^^)

 

私が摂理にいる理由は、

人生の師(先生)である

鄭明析(チョンミョンソク)牧師に

出会ったからです

 

 

チョンミョンソク先生は、

キリスト教福音教会(摂理)を

始められた方なので、

一般的には「創始者」「教祖」と言われる

立場になります

 

 

「教祖」っていう響き、

なんか嫌な感じを受けますね

 

いろんな宗教の教祖のイメージがあるためか、

 

私自身、

「教祖」というと

信者の上に君臨し、

富栄誉を思うがままにし、

豪邸に住み、

たくさんの本を出版したり、

多くの女性をはべらせ、子供を産ませ etc

みたいな、

とっても汚ないイメージがあります(><)

 

 

最近の新興宗教が起こした

数々の事件や騒動により、

世間一般の人が持っている

「教祖」のイメージが

さらに悪くなってしまったのは

否めないと思います

 

 

なので、摂理の教祖といえば、

「また悪いやつか」と

自動的に考えてしまい、

無意識で嫌悪感を抱いてしまうのは

十分わかります

 

 

ちなみに、

世界四大宗教の「教祖」といえば

(「教祖」というよりは「創始者」と言われますが)

 

キリスト教のイエスや

仏教のゴータマ・シッダールタ(釈迦)

イスラム教のムハンマド(マホメッド)

(ヒンドゥー教は創始者がいないとされている)

 

彼らには、今では、

汚ないイメージはありませんが、

彼らが生きていた当時は

今のように聖人として

とらえられていたかは疑問です

 

少なくとも、

イエス様は罪人として

当時の極悪人に課された

十字架で処刑されたのですから、

今のイエス・キリストとは

全く違ったイメージを

当時の人たちは持っていたことでしょう

 

 

 

実は、摂理のメンバーの中では、

鄭明析(チョンミョンソク)牧師が「教祖」、

という認識、呼び方はありません

 

だから、

「摂理の教祖、鄭明析(チョンミョンソク)牧師」と

言われると、違和感を感じてしまいます(笑)

 

摂理のメンバーにとって、

鄭明析(チョンミョンソク)牧師は

「摂理の教祖」ではなく

「先生」です

 

 

人生の師、先生であり、

神様のことを、

聖書のことを、

自分のことを、

人生のことを、

はっきりとわかりやすく教えてくださる方、

 

それで、尊敬を込めて

日本のメンバーも海外のメンバーも

チョンミョンソク牧師のことを

「先生」と呼んでいます

 

 

でも、私(僕)は人生の師、先生なんて

探してないよ、

何か知りたければ、

ネットで調べればいいし、

本を読めばいいし、

勉強すればいいし、

自分を教える人の必要性は感じていない、

そういう方は日本人には多いと思います

 

元々、あっこママも

人生の師、先生を探していたわけでは

ありませんでしたし、

人生の師を必要だと思ったことは

ありませんでした

 

 

小さい頃から

本を読むのが好きで、

歴史が好きだったので、

人生について考えることが

よくありました

 

歴史上の人物を見ると、

志をなすまでは

その崇高な理想にあう美しい生き方ですが、

 

志を成し遂げると

徐々に、自己愛、自己保身に走り、

富をかき集め、

自分の親族を重臣にし、

自分の子供に政権をゆずることにやっきになり、

 

年をとるにしたがい、

人間のあさましい本性をさらした

醜い生き方をし、

最期は、病気や家臣の裏切りにより、

醜く、みじめに死んでいく

多くの歴史上の人物たち・・・

 

志半ばで倒れた人達の方が

成功した人達よりも

ずっと美しく、いさぎよい人生じゃないか。

 

成功するってなんだろう

 

成功しないより

成功した方がいいはずなのに、

こんなに醜い姿をさらすなら

成功しない方がいいんじゃないか・・・

 

一体何が良くて、何が悪いんだろうか。

 

大学生の私は、

人間のおろかさ、狭さ、汚さに嫌悪感を感じ、

人間そのものに失望し、

人生に空しさを感じ、

人間にも、

人生にも何も期待していませんでした

 

気がついたら生きていたから、

勝手に生まれたから、

ただ生きていくだけ、

人生に希望を見出すことなど全くできませんでした

 

 

ましてや、人生の師(先生)を探すことなど

全くしていませんでした

 

 

たかが人間。

 

醜い人間の本性を持ち

いつ利己的になるかわからない他人に

自分の人生を託そうとも

委ねようとも

思ったことはありませんでした

 

 

どんな偉人とはいえ、

結局は死んでしまう無力な存在。

 

100年前には存在せず、

100年後にも存在しない人、

 

ある1人の人間を

人生の先生として

一生ついて行く人として

選ぶことなど考えもしませんでした

 

 

でも、

私が大学時代に出会った

鄭明析(チョンミョンソク)先生は

私にとって

特別な存在、

人生の師(先生)となりました

 

 

その理由は、

言葉で表すのが難しいのですが、、、、

 

鄭明析(チョンミョンソク)先生が

人間として、

あまりに純粋で、

あまりに美しい姿だからです

 

容姿や体型のことではなく、その生が美しいのです

 

そして、

鄭明析(チョンミョンソク)先生が

神様が使われる方だと

感じるしかない出来事が

いくつもあったからです

 

 

鄭明析(チョンミョンソク)先生は

有限な時間の中で、

限界がある生を生きるしかない

無力な人間でありながら、

その生があまりにも美しいです

 

 

鄭明析(チョンミョンソク)先生は

御言葉を伝える時、祈る時は、

恐ろしいほどの迫力、

とてもカリスマ性のある方ですが、

 

リラックスして、

群衆の中にいらっしゃる時は

ただ普通のおじさんのようでした

 

 

偉そうに振舞ったり、

特別な待遇を強制することはなく、

 

みんなにすぐに混じってしまうから、

群衆の中に入ってしまうと

探すのが難しいくらい、

 

でも、笑っている人たちの中心には

いつも先生の笑顔がありました

 

自ら、あちこち歩き回り、

みんなを笑わせ、楽しませ、

お菓子や果物をみんなに手渡しで配り、

人々に仕えていらっしゃる姿が

目に焼き付いています

 

スポーツをする時も、

椅子に座って、

見物したり、

上から評価を下すことはなく、

自らコートに入って、

人々と一緒にプレーされました。

 

こっちのチームが終わると

次のチーム、また次のチーム、

 

みんなはゲームが終われば休めるけれど、

先生だけは休むことができず、

足が動かなくなっても

コートから出ずに

足を引きずりながらも

プレーを続けられました

 

韓国の月明洞で

開発をし、岩の造形を作っている時、

作業をしている人たちの

一番真ん中を見れば

先生がいらっしゃいました

 

クレーン車で吊り下げた大きな岩が降りてくる

まさに真下に

先生はいらっしゃいました

 

50歳前後の先生が

10代20代の若者たちと一緒に、

むしろ率先して、

一番危険な場所に立ち、

岩を登り、

自ら土を掘り、岩の真下で誘導し、

粉塵のなかでホコリまみれになりながら

働いていらっしゃいました

 

夜になって

ホテルに帰ろうと後ろを振り向くと、

真っ暗な月明洞で、

作業用のライトが照らす

その場所の中心にいらっしゃいました

 

いつも夜遅くまで続く作業の

中心にいらっしゃったと聞いています

 

そして、朝は誰よりも早く起きて、

神様にお祈りを捧げ、

集まってきた人々に

自ら御言葉を伝えてくださいました

 

そのあとは、

またみんなと一緒に

サッカーをしたり、

作業をしたり、、、、

 

あまりにハードな毎日を

過ごされていました

 

20代の私も到底ついていけず、

先生と一緒に過ごしたあとは

しばらく肉体を休めないといけないほど、

ハードな時間でした

 

それを

50歳前後の鄭明析(チョンミョンソク)先生は

休みなく、毎日毎日、

ずっと続けていらっしゃいました

 

すでに多くの人が従う

宗教指導者であった

鄭明析(チョンミョンソク)牧師、

 

命令すれば、

自分は動かなくても、

他の人にやらせることができる立場でありながら、

 

鄭明析(チョンミョンソク)先生は、

自ら体を動かし、

自ら土を掘り、

自ら草を刈り、

自ら走り、飛び、

ボールを蹴り、

自らやり続けました

 

その先生の姿勢、姿は

いつでもどこでも

変わりませんでした

 

このときとあのときと

態度が違ったり、

この人の前とあの人の前で

態度が違ったりすることは

ありませんでした

 

こんな指導者は

宗教でも、他の世界でも、

まずいないと思います

 

 

それは

鄭明析(チョンミョンソク)先生が見ているのは、

人の目や人の評価ではなく、

ただひたすら神様だからです

 

鄭明析(チョンミョンソク)先生が

神様のために生きておられるから、

その時間も

その考えや心も

全て神様に委ねて生きていらっしゃいます

 

神様が

一人一人を大事にして愛されるから、

鄭明析(チョンミョンソク)先生も

一人一人を大事にして、

貴重に扱ってくださいます

 

 

鄭明析(チョンミョンソク)先生は

人間として存在していらっしゃるけれど、

その体は神様が使っておられると

感じました

 

人間は信用できない、と思っていた私も

摂理の御言葉を学ぶことにより

神様が存在しておられ、

神様が意志を持って

歴史を導いておられることを知り、

人間がなぜ創造されたのかを知ったので、

 

人間に対する嫌悪感、深い絶望感がなくなりました

 

 

そして、

私個人の体験として、

鄭明析(チョンミョンソク)を

神様が使っておられると

感じるしかないこともありました

 

 

20年以上前、

先生が日本に訪問されたとき、

東京から車で2時間弱のところで

鄭明析(チョンミョンソク)先生と日本メンバーたちが

みんなで泊まって合宿をしていました

 

みんなでスポーツをしたり、

御言葉を聞いたり、

楽しく過ごしていました

 

 

あるとき、

みんながスポーツをしている時に

私はそっと抜けました。

 

当時は親の反対で

あまり教会には行けなかったのもあり、

 

試合に参加するスポーツの選手ではなく、

ただ応援する人だったから

私はいてもいなくても

誰も気がつかない存在でした

 

誰もいない宿泊棟に戻り、

泊まっていた自分の部屋の

ベッドに座り、一人で祈りました

 

そこまで切実に祈ったことがないほど、

必死な思いで祈りました

 

当時、

行き詰まっていたことを

神様に告げ、

極的に祈っているうちに

 

急にぱーっと周りが明るくなり、

体も考えもふっと軽くなり、

祈りを終えました。

 

すっきりして

スポーツに戻りました

 

しばらくして、

誰かがやってきて、

「先生が呼んでいるから、先生のところに行ってね」

と急に言われました

 

当時はすでにそれなりに人が多かったので、

親の反対で、

あまり教会に来ることができなかった私のことを

鄭明析(チョンミョンソク)先生は

覚えておられるはずはないのに、

なんで先生が私を呼ばれるんだろう

 

首をひねりながら、

鄭明析(チョンミョンソク)先生がいらっしゃる

お家の窓から部屋の中をのぞいてウロウロしていたら(笑)

 

鄭明析(チョンミョンソク)先生が

「あの子、呼びなさい」と言われ、

鄭明析(チョンミョンソク)先生がいらっしゃる部屋に入り、

直接、お話しすることができました

 

このタイミングで

そのできごと、

 

私が神様に対して祈ったことに対して、

鄭明析(チョンミョンソク)先生が答えられたとしか

思えない絶妙なタイミングであり、

忘れられない出来事でした

 

私が祈っていたことは

他の誰も知らなかったはず、

ただ祈りを受け取られた神様だけが

ご存知だったはずです

 

でも、そのタイミングで

鄭明析(チョンミョンソク)先生にお会いできたのは、

あのお祈りが届いたから、という

確信がありました

 

お祈りを受けとられた神様が

鄭明析(チョンミョンソク)先生の肉体を使って、

直接会ってくださった、

 

それがわかった時、

鄭明析(チョンミョンソク)先生がどういう方か

悟りました

 

そのあともいろいろあり、

サタンの惑わしにより、

大きく道をそれることもありましたが

 

鄭明析(チョンミョンソク)先生の後ろに

神様がいらっしゃること、

 

摂理史に神様が

働きかけておられることに対する

確信は揺らぎませんでした

 

あまりに醜く

ちっぽけな存在の人間ですが、

神様が使われるとき、

神様が共にされるとき、

すばらしく美しい存在になります

 

人間が一人でいるときは

弱く、醜い存在になるしかないですが、

 

神様と1つになったとき、

まるで人間が神になったように

神秘的で美しい存在になります

 

そのことを鄭明析(チョンミョンソク)先生が

身をもって教えてくださっているから、

私は今も摂理にいて、

神様のことを学んで生きることが

最高の喜びと希望になりました

 

 

いま、

鄭明析(チョンミョンソク)先生が

罪人としてつかまり、

刑を受けておられることも知っています

 

私がよく知っていた人が

その裁判に関わったこともあり、

彼らが何を訴えて、

先生がどんな罪に定められたのかも知っているし、

マスコミや司法の世界で

どのように言われ、裁かれているかも

知っています

 

鄭明析(チョンミョンソク)先生が

どのような場所にいらっしゃって、

どのような生活を強いられているか、

 

そして、その不自由な生活のなかで

何をされているのかも

知っています

 

もう10年以上、

いや、もっと長い間、

鄭明析(チョンミョンソク)先生には

お会いできていませんが、

 

鄭明析(チョンミョンソク)先生が

今も、同じように極限のなかで

神様のために

神様の仕事をしながら

生きておられることを、

御言葉を通して知り、

実体験を通して知っています

 

誰かに言われたからではなく、

自分が体験して悟ったから。

 

今までも、これからも、

世間でなんと言われようとも、

私は、鄭明析(チョンミョンソク)先生を

人生の師として尊敬し、

 

摂理(キリスト教福音教会)の中で、

鄭明析(チョンミョンソク)先生の

伝えてくださる御言葉を聞き、

信じ、行なって、

神様を愛して、

神様の新婦として自分を作りながら、

一生、永遠まで生きていきたいと

心から願っています

 

(↓こちらの記事も参考にしてください)

「2016/11 宗教嫌いの私が摂理にいる理由 〜鄭明析先生」

 

次は男性の立場からです。

3人のお子さんをもつmojiさん。

 

【わたしが見た摂理の教祖:チョンミョンソク牧師】

mojiさん:男子3人の父

おはようございます、摂理に来てから24年になったもじです(^_^)/

いやー月日が流れるのは本当に早いですね!!

私が摂理に出会ったのは青山学院大学の2年生の時でした♪。

当時の日記に、

『摂理に出会ってから3か月ですが、20年生きてきた人生より本当に幸せです♪』と書いていました。

浪人時代にどうして自分は存在しているのか、生きている価値があるのか、人生の生きる意味を知りたくて、たーくさん本を読みました。

しかし、答えを見つけることができず、ナイフで手を切ってみたりもしました(゚ロ゚)。

でも怖くて少し傷ができる程度にしか切れませんでした(笑)

だから、大学に入れば、幸せが待っているとはずと未来に希望をもって生きていました。

しかし、大学に入って、スキーサークルに入って、エンジョイのはずでしたが、やはり人生が虚しく感じていました。

だから、英会話教室に通ってみたり、ビリヤードをしてみたり、サーフィンをやってみたりもしました。

でも、人生の虚しさから解放されることはありませんでした(>_<)。

そんな時に摂理に出会いました!!

摂理に来て本当~に良かった!!と思います♪。

24年たった今も、本~当に毎日が幸せです!!(^_^)v

摂理に来る前、どうして自分は存在しているのか、生きている価値があるのか、人生の生きる意味を探していた自分に摂理は、すべての答えを与えてくれました。

摂理の教祖(創始者)は誰ですかと聞かれたら、

鄭明析(チョンミョンソク)先生ですね。

キリスト教福音宣教会(摂理)の創始者、鄭明析(チョンミョンソク)牧師の公式サイトはこちら

摂理では、教祖と呼ぶことはないですがね(笑)

教祖と言われると、ものすごく違和感を感じてしまいます。

だって、日本の教祖という言葉の響きは、個人的にはなんか悪~いイメージじゃないですか!!

でも、摂理の教祖(創始者)の鄭明析(チョンミョンソク)先生は、本当に素敵な方です♪。

私に「摂理の教祖(創始者)の鄭明析(チョンミョンソク)さんってどんな人?」と聞かれたらですね・・・

私に「神様を教えて下さった方」「御言葉で人生の問題の答えをくださった方」

「神様を本当に愛している方(^o^)」・・・

摂理の教祖(創始者)の鄭明析(チョンミョンソク)先生がどれくらい神様を愛しているかというとですね。

神様をまるで人間の恋人と一緒に暮らしているように生活されています。

♪息する度にどうやって神様を喜ばせられるか考えているって♪(Sound Croud「私も先生みたいに」より)

という歌があるくらい神様を愛していらっしゃいます(笑)。

摂理の教祖(創始者)の鄭明析(チョンミョンソク)先生が話をされると神様のことがた~くさん出てきます。

だから、私も神様が大好きになりました♪。

神様に誤解していることも、摂理の教祖(創始者)の鄭明析(チョンミョンソク)先生の話を聞いたら、すべて解けると思いますよ。

今日も神様をどのように喜ばせられるのか、考えていらっしゃる摂理の教祖(創始者)の鄭明析(チョンミョンソク)先生のように、私も今日、何か神様を喜ばせることをして差し上げたいと思います♪。

摂理の摂理の教祖(創始者)の鄭明析(チョンミョンソク)先生に興味を持たれた方は、こちら(摂理(日本福音宣教会)公式サイト)

 

 

 

 

 

 

masanoさん(男性):実はまだ会ったことのないその姿

私は摂理に来て13年目になりますが、鄭明析先生に直接はお会いしたことがありません。
なので、私からは直接見た鄭明析先生の姿をお伝えすることはできないのですが、13年摂理を走って来た立場として、鄭明析先生の姿をお伝えできればと思います。

 

私がこれまで摂理を走って来て感じた鄭明析先生の姿は、本当にただひたすら聖三位(神様、聖霊様、御子)を中心にされる方であり、愛と許しと寛容の方だ、ということです。

 

どうして直接会った事がないのにそのように感じるのか、というと、何よりもまずは鄭明析先生が送ってくださる御言葉であり、あとは摂理のメンバーたちの変化していく姿です!!

 

私たち摂理のメンバーは、理由は様々と思いますが、人生を生きながら虚しさを感じたり、限界を感じたり…、そういった経験を通して、御言葉を聞いて、本当にすごい!自分もそのように生きたい!と思って摂理を走っているかなと思います。
(御言葉の内容をここで全て紹介することはできないので、詳しくは摂理公式のホームページやブログ等をご覧ください。)

しかし、御言葉を聞く前に生きて来た体質や習慣はすぐには直すのが難しいので、時には御言葉通りに実践できずに、兄弟同士心情的にぶつかってしまったり、誤解を招いてしまうことがあったり、私自身も兄弟から心情的に傷を受けたりすることも正直ありますし、逆に傷を与えてしまったこともあるだろうな…とも思います。

鄭明析先生がそういった状況を直接ご覧になることができれば、直接行って解決してあげることができると思うのですが、今では全世界に福音が広がり、御言葉を聞くメンバーも世界中にいる状況で、全てのメンバーの問題に直接対面して解決してあげようとしたら、体がいくつあっても全然足りません…。何より今、鄭明析先生は獄にいらっしゃるので、直接行ってあげることもできません…。

なので、鄭明析先生は各教会毎、地域毎に指導者を立てて、報告をお受けになります。
獄にはパソコン等は当然ありませんから、紙とペンで直接お手紙を書いてくださり、その問題を処理してくださいます。その数、多い時はなんと一日に何百通にもなるそうです…!

指導者だけでなく、全てのメンバーの立場に立って正確に問題を解決するために、メンバー一人一人のお手紙も全て読んでくださり、神様に祈り、答えをもらいながら一つ一つ問題を解決してくださり、必要なメンバーにはお返事もくださり、時には励ましてくださり、叱ってもくださりながら、私たちを導いてくださいます。

特に私の所属している地域は過去に色々と問題があった時期があり、集中的に問題を解決していただいていたことがあります。
その経験を通して、その全てがひたすら真実な愛でしかない、と感じます…(T-T)
普通なら、獄にいるだけで、毎日正常な生活も送れず、嫌気がさしてしまい、他人のことなど考える心の余裕はないはずなのですが、それどころか、ご自身のことを差し置いて、普通に考えればどこの誰かもわからない他人である私たちの声を全て聞いてくださり、人生の問題を解決してくださる、というのが、本当に言葉で表現するのが難しいですが…、凄まじいことだなと感じます。

そういったことを通して、私自身も本当に変わりましたし、周りのメンバーたちも本当に変化していく姿を見ました!
あくまで私の目から見た鄭明析先生の姿でありますが、鄭明析先生がどのような精神を持って生きていらっしゃるかは、鄭明析先生が祈って神様からもらっている御言葉を聞いたらきっとわかっていただけるのではないかと思います!
是非一度、鄭明析先生が伝えてくださる御言葉を聞いて見てください(^ ^)

最近鄭明析先生は作曲をたくさんなさっています。
その中の一曲である「愛と許しと寛容だ」の歌詞をご紹介させていただこうと思います。

「愛と許しと寛容だ」
天地万物 人々
神は愛のため創造なさった
愛と許し、寛容だ
神様 今日も話される
聖霊様 今日も感動くださる
主は今日もお救いになる
ここで足りないもの 他で満たすから
許しと寛容の心だ
愛と引き上げの生だ
神様 聖霊様 御子
天のよう広い心だから
全世界愛で治められる

 

 

 

【最後にひとこと】

 

いかがだったでしょうか。

少しだけ摂理の教祖について知ることができたでしょうか。

本当でしたら、直接お会いしてお話できたらもっと良いと思うのです。

インターネットでの発信ということで表現力の足りなさで

正確に伝わらない部分もあるのではないかと思います。

私達は、摂理の教会に通っている方、通っていない方、

摂理を知らない方に至るまで

日常の中の些細な出来事を通じてでも元気になっていただけたらという気持ちで

このブログを発信しています。

日常の美味しいもの子育ての記事にも是非遊びに来ていただけたらと思います。

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ひろこママ

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新潟(佐渡ヶ島)の田舎育ちの【ひろこママ】 海の近くでのびのび育ったのっぽの【ごうパパ】 元気いっぱい小学3年生の【みいちゃん】 キリスト教福音宣教会に通う3人家族が送る日常を記録!!

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