今年の春先、生活の中で経験したささやかな出来事です。

家事の途中、右手首の近辺をキッチンの引き戸にぶつけて痛めてしまいました。
引き戸から必要なものを取り出し両手がふさがってしまったため、
物を持ったまま、右腕を引き戸にそっと当てて静かに閉めるつもりでした。
ところが、それとは裏腹に
右手のくるぶしを引き戸に強くぶつけてしまったんです。
とっても痛かった…( ;∀;)

骨が折れたかと思いましたが、
顕著に腫れることもなく
痛みがひどくなることもなかったので、
しばらく様子を見ることに。

痛みはひどくならずとも治まる気配がなく…。
痛いけれど動かせたので、
そのまま使い続けました。

ある日、よく見てみると
右手首と左手首の太さが微妙に違っていました。
ぶつけて痛めた方の右手首が少しだけ腫れているように感じられ、
もしかしたら、完全に折れたのではなくても
ひびが入っているのかもしれないと思い、
遅まきながら整形外科に行ってみました。

予想は的中し、レントゲン撮影後の写真には、
ひびが入った跡が見えました。
骨はすでにくっついているとのことでしたが
痛みが治まらず、超音波治療のために
しばらく通院することに…。

今から3年ほど前、私は、左足の薬指を骨折しました。
この時は、目的の場所に向かって家の中を移動中、
動線上に普段ないはずのものがあることに気づかず、
それに左足を思いっきりぶつけてしまったんです💦

指一本骨折しただけでまともに歩けず、
しばらくの間、不便な生活をすることになりました。
この時の怪我で、指一本がどれだけ大事なのか痛いほど感じたはずなのに…。

歳月が流れると、過去痛い目にあったことを忘れ、
その時切実に感じたこともすっかり忘れていました。

今回も、目的の場所へ移動することにばかり気を取られ、
怪我をしないよう気をつけることを考えずに、
また同じことをやってしまいました…

あるとき、
鄭明析牧師先生が経験し、感じて悟ったことを教えてくれました。

「先生が子どものころ、学校に行くときや畑に行くとき、
また成長してからも親がいつも話していた言葉がある。
母は「気を付けて行って来なさい」と話した。
父は「腹が立ってもけんかをするな」このことをいつも話した。

どうしてこんなことを言うのかと思ったが、
親は本当に心配して言う言葉だった。
気を付けてけんかをしなければ安心できるから、
必ずそのことを守りなさいと言った。
本当に気を付けなければ転んだ。
学校に行くとき、気を付けなかったらけんかをするようにもなった。
言葉に気を付け、行動に気を付けることだった。

学校から帰って、親に言われたとおりにやったと言ったら、
「いつもそうしなさい」と言われた。
そうしたときに父も母も安心できると言った。
その言葉がそばで守ってくれることと同じだと言った。
この話は先生が大人になったときも、ベトナムに派兵されたときも、
山に祈りに通ったときも言われた。
一番気を付けてほしいという願いだった。
親は子どもがどこに行っても心配だからだ。

そのように聖霊様もいつも私に仕事を指示しておいて、
気を付けなさいとおっしゃり、
神様はけんかをするなとおっしゃった。
だからそうしたら神様がそばで助けてくださることと同じだ。
自分の警護、自分を守ることだ…」  

気をつけなさいという言葉、
私自身も小さかった頃、親からよく言われていた言葉のひとつでした。

今の自分の生活を振り返ってみると、
料理中、包丁使っている時、火を使っている時や、
道路を歩いている時、自転車を運転している時には
よく気をつけていると思いますが、
それ以外の時は、そこまで気をつけることを意識していない気がします…。

随時気をつけることをしなければ、
思ってもみなかった時に怪我してしまうんですね💦

「気をつけて」という言葉。
私は、小さい頃から親や人から言われて聞きなれてしまい、
これといって特別気にかけなかったりしますが…。
怪我や事故等から自分を守ってくれる大事な言葉、
神様が、害がないようにと人を通して話される御言葉、
生活の中で忘れず行えるようにと願うばかりです…。

「生きていく中で自ら気をつけなさい。」

  <キリスト教福音宣教会 鄭明析(チョン・ミョンソク)牧師の箴言の御言葉より>

ABOUT ME
チェリー
元気一杯の高校生ばななと中学生めろんの二人の娘と、仕事で多忙な夫の健康管理のために、身近な食材で時短、かつ、手軽に作れる食事作りを研究中☆