中学3年男子の忘れ物と、すぐそばにおられる神様
5月の体育祭直前の平日の朝
「今日は、一日中,校庭にいるから水筒持っていく。用意よろしく」
中学最後の体育祭の全体リハーサルの朝、カツサンドを食べてバタバタと出て行った中学3年生のトラ君
リビングに戻ると、置き忘れられた水筒があった…
「あれれ、これは…」
小学校低学年までは、忘れ物を届けることもあったけど、コロナが明けて、高学年になってからは「忘れて困るのも一つの経験」と思い、あえて届けないようにしてきた
もう中学3年生、今さら水筒を届けるのもどうなのだろう…
そう思いながらも、気になってしまったので、仕事に行く前に水筒を持って中学校に寄ってみた
校庭では予行練習が真っ最中
全校生徒と先生たちが校庭にいて、トラ君がどこにいるのかは見当もつかない
「だめだ、こりゃ」
1分ほど運動場を見つめた後、探すことを諦めて、近くを歩いていた生徒たちの中で、誰か知っている子はいないかと周りを見回した
遠くから、トラ君と同じ色のハチマキを巻いた中学3年生っぽい子たちが歩いてくる
知ってる子かなぁと見ていると…
まさかのトラ君本人がそこにいた!
正直、驚いた
学校に着いてから2分も経たないうちに、本人が目の前に現れたのだ
(後から聞いたら、たまたまそこへ出てきただけだったそうだ)
中学生男子なので、学校で母親を見つけても絶対に近寄ってこないけれど
私が手元の水筒を軽く振ってみせると、すっと表情を緩めて,はにかんだ笑顔で水筒を取りにやってきた
「あぶねぇ、あぶねー、完全に忘れてた。いやー、助かったー」
(「お、助かったんだ、持ってきてよかったんだ」と心で思いつつ)
「感謝よろしく〜。これは聖霊様(が助けてくれたん)だね」
小さい声でささやき、水筒を渡して学校を後にした

こんなにあっさり本人に会えるとは思っていなかった
学校に着いて、水筒を渡して、学校を離れる、滞在時間は5分弱だった
駅で電車を待ちながら考えてみて、ありえないタイミングに鳥肌が立った
私が着く前に、トラ君は席を立って私がいるところに向かってまっすぐ歩いてきたことになる
何も知らないトラ君に門の方に行こう、という考えが浮かぶようにさせ
そのタイミングに合わせて、私に水筒を持っていこう、という考えが浮かぶようにさせ
ピッタリと会えるようにさせたのは神様
神様を知らなければ、「超ラッキー」で済ませただろうけど、これは明らかに神様か聖霊様が働かれたことだと感じた
誰かの生死に関わるわけではない、日常の小さな一コマだけど
神様はすぐそばにいて、細やかな愛でかえりみて
時を合わせて働きかけてくださる
いつも神様が見守り、愛してくださることを感じた出来事だった
あなたはわがすわるをも、立つをも知り、
遠くからわが思いをわきまえられます。
あなたはわが歩むをも、伏すをも探り出し、
わがもろもろの道をことごとく知っておられます。
(旧約聖書 詩編 139篇2〜3節 より)
48年前、1978年6月に福音を伝え始められた鄭明析先生
先生が神様について教えてくださり、先生を通して神様を知ったからこそ、なんでもない日常で、私たちを愛して、生きて働かれる神様の奇跡に気づくことができる
先生と出会えるように働きかけ、30年以上も神様を信じて生きることができるように助けてくださっている神様に、改めて深く深く感謝する











