私が見た摂理

摂理からの脱会-体験談も


摂理もう離れたい。

摂理もう辞めたい。

摂理を脱会したい。

摂理のメンバーたちには話すことが出来ない。

どうやったら離れられるだろうか。

 

摂理に導かれたけれども、

様々な理由で摂理を離れたいと思っている方がいるでしょうか。

また、自分の子供が摂理のメンバーだということを知って、

子供を摂理から離れさせたいと思って来られた方もいらっしゃると思います。

 

本日は、この記事を読んでくださる方々に対して、

様々な角度から自分の思いを語らせて頂きたいと思います。

後半では脱会インタビューの内容を紹介していきます。

 

【摂理を離れようとしている方へ】

 

今、摂理にいて苦しいですか?

神様の愛を感じられませんか?

御言葉を聞くのが辛いですか?

摂理についていけませんか?

 

すべての人に当てはまらないとは思いますが、これと似たような思いを現在お持ちだと思います。

 

この辛い思いを解消したい…

全てを捨てて早く楽になりたい…

摂理のメンバーの方々の中には、摂理にいて楽しい、嬉しい、幸せだと思う方々もたくさんいらっしゃいます。

自分もそう思っていきたいけれど、
いくら頑張ってもそう思えない。

 

幸せを感じられない。

楽しくもない。

嬉しくもない。

むしろ摂理は苦しい。

辛い。

 

楽しみを感じられず、幸せを感じられなければ、本当に苦しい状態だと思います。

時間も投資し、真心も投資し、頑張ったけれど、、、

このような状態が続くならば、すべて投げ出したくなりますよね。

摂理の道を諦めたくなりますよね。

「もう辞めよう。」

このように思った瞬間、皆さまはどのように考え、どのような行動を取られるでしょうか。

 

 

私は摂理に導かれて16年が経ちました。

この16年間で、多くの人たちが摂理に導かれましたが、

多くの人が摂理を離れていきました。

大学でずっと仲良かった子たちもたくさん離れてしまいました。

自分が面倒をよく見ていた子たちも離れていきました。

 

摂理にいた人が、摂理を離れていく時、大抵のパターンは、

急に連絡がつかなくなるパターン。

 

連絡を何度かとっても音信普通になり、連絡が取れない状況が続く。

そして、そのままフェードアウトしていくパターンが多いです。

その子がなぜ摂理を離れていったのか、その理由も聞かされないまま不明であることが

本当に多いです。

 

事前に話してくれるならば、その子の話を聞いてあげ、解決できることがあれば解決してあげたい。

そう思いながらも、なかなか自分の状況を語ってくれる人は少なくて、

何も出来ないままの状態で終わってしまうことが多いです。

個人的にはとても残念です。

 

摂理を離れると打ち明けてくれた人に対して、摂理のメンバーとしては、その人に対して情もあるし、

神様の思いも愛も分かるから、その子が摂理から離れるのは反対の立場です。

 

その子の辛く思っている部分や、摂理を離れようと思った原因について、

何とか解決できるならば、真心こめて対話するし、お祈りします。

 

しかし、こちらが一生懸命話すとしても、その子が摂理に残るか離れるかどうかは、

本人の自由意志です。

反対するからといって、その人に対して悪く言ったり、しつこく接したり、追い詰めたりすることはありません。

だからどうするかは結局自分が決めることになります。

 

しかし、摂理を離れようと思う方に対して、伝えたいことが一つあります。

それは、、、

 

「離れる前に摂理のメンバーに、自分のありままの思いをそのまま打ち明けてみて欲しい」

です。

 

自分の教会の牧師さんでもいいし、気楽に話せそうなお兄さんお姉さんでもいいです。

仲の良いメンバーでもいいです。

 

一人で問題を抱えて辛くなって欲しくないんです。

各自が抱えている問題を解決出来たらどれほど嬉しいことでしょうか。

 

自分は摂理から離れた人と、その後直接会って何度か対話したことがあります。

話すたびに思うことは、

「なぜそのことを早く言ってくれなかったのか」

です。

 

早く打ち明けてくれれば、疑問も誤解も解決出来たことが多かったのに…

話を聞くたびに残念な思いになります。

 

しかし、自分の思いを誰かに話すことって勇気がいることですよね。

こんなこと話して、悪く思われるんじゃないか。

周りの人たちに知れ渡ってしまうんじゃないか。

恥ずかしい。

そう考えると誰にも話せなくなってしまいますよね。

それでも勇気を振り絞って話してみて欲しいんです。

 

 

一つ、私が苦しかった時、摂理のメンバーに打ち明けることで問題が解消されたことを証したいと

思います。

自分が摂理に導かれた16年間、うれしいこともたくさんありましたが、

辛いこと、苦しいこともたくさんありました。

辛いとき、苦しいとき、摂理の身近なメンバーたちになかなか話せませんでした。

 

16年間の中で辛かったことの一つが、大学4年生の時、

就職活動がなかなか決まらなかったことでした。

 

周りの友達、摂理のメンバー達もほとんどが決まっていく中で、

自分は決まらずに遅れを取っていました。

気持ちが焦り、どんどん追い詰められていきました。

 

自分一人で問題を抱えて、心はどんどん苦しくなっていきました。

その時は心が地獄のようでした。

考えることはいつも否定的なことばかりでした。

毎日が本当に苦しかったです。

 

神様の愛が分からなくなりました。

御言葉を聞けば聞くほど辛くなりました。

祈っても力が出ませんでした。

讃美を歌ったり聞くと、いつも涙ばかり出ていました。

 

「摂理もう辞めようかな。苦しい状態から早く抜け出したい。楽になりたい。」

このような考えがよぎったことも多々ありました。

 

「神様の愛を受けたことは事実だし、神様が自分を愛してくださったのは事実だけど、

今は神様の愛が分からなくなってしまった。

どうしたらいいんだろう…」

 

自分の限界にぶち当たりました。

 

本当に辛くなった時、自分が取った行動は、まさに摂理のメンバーに打ち明けることでした。

普段特に親しくしていた近い人にはなかなか言えず、

男性のメンバーにも変なプライドが邪魔して話せませんでした。

色々考えた結果、当時の教会の女性の牧師さんに、自分の思いを打ち明けました。

 

就職活動が決まらないことが大きな壁になっていました。

その女性の牧師さんと対話する中で、自然と心が楽になっていきました。

重い荷物を背負っていたものが軽くなった部分がありました。

牧師さんは自分の話に耳を傾けてくださり、様々にアドバイスを下さいました。

 

自分の状況を話すのはとても勇気のいることでしたが、

打ち明けることで本当に楽になりました。

 

そんな中、次の日は主日礼拝の日でした。

その日の礼拝は、私にとって一生忘れることのできない出来事がありました。

 

礼拝で御言葉を聞く前、讃美を歌う時間に当時は証の時間もありました。

私は、その時間に昨日あった出来事を皆の前で話しました。

証と言えるものではありませんでしたが、心が本当に楽になったことに対して

神様に感謝したくて話しました。

 

そのあとの御言葉の時間です。

鄭明析先生が御言葉の中で、

「就職活動がうまくいかない人はもっと祈ってください」

と突然おっしゃいました。

 

周りのメンバー達がざわついていました。

就職活動にまつわる話を皆の前で証していた矢先に、この御言葉が出ました。

先生に自分の状況を事前に話していたわけでは決してございませんでした。

 

本当にビックリしました。

「神様は自分の状況をすべてご存じなんだ。

もがいていること、うまくいかないこともすべてご存じなんだ。

神様は自分と共にしてくださっているんだ」

と強く実感しました。

 

「うまくできない、もがいている自分のことなんで、神様は関心がないだろう」

そんな風に思ってしまっていましたが、

神様が自分と共にしてくださっていることが分かって、本当に嬉しかったです。

 

その後、たくさん祈りました。そして、卒業するまでに無事に就職することが出来ました。

 

就職先が決まるまではだいぶ時間が経ってしまいましたが、たくさん祈った分、神様はたくさんの願いを叶えて下さいました。

この経験は一生忘れることのできない経験に

なりました。

 

神様は、人を通しても働きかけてくださいます。

必ず良い方向に導いて下さいます。

 

神様の愛を感じられない。神様を愛することが出来ない。

摂理のメンバーから、きつい言葉を言われてショックを受けた。

御言葉を聞くことが辛い。

御言葉でおっしゃった罪を犯してしまった。

恥ずかしい。辛い。

 

 

摂理を離れようとする原因、理由はそれぞれだと思います。

一人で抱え込んで、苦しんだままの状態で離れていってほしくないんです。

摂理を反対する人たち、摂理を脱会させる手助けをする方々に話すのではなく、

まずは近くの摂理のメンバーに自分の思いを打ち明けてみてください。

打ち明ける勇気。

その一歩を踏み出してみてください。

良い方向に導いて下さることを信じます。

【自分の子供が摂理のメンバーだと分かり、自分の子供を摂理から離れさせ、脱会させようと思っている方へ】

 

自分の子供が摂理の教会に通っていると分かってショックを受けたご両親の方々も多いと思います。

摂理がとてもいい場所でとても良い印象であれば、そうは思わないと思いますが、

今までマスメディアで取り上げられた摂理に関して、残念ながら怪しい団体としての印象をお持ちのことだと思います。

 

ここで皆様に質問したいです。

自分の子供と摂理を反対する二人がいるとします。

この二人が、皆様に、摂理がどういうところか説明するとします。

 

≪自分の子供が説明する摂理≫と、≪摂理を反対する人たちが説明する摂理≫の

どちらの話を信用しますか?

 

たくさんの愛情を込めて大事に手塩にかけて育ててきた自分の子供を信じますか。

それとも、自分が今まで一度も関わったこともなく、悪く反対する人の話を信じますか。

 

どちらを信用するか人それぞれ違うと思います。

 

なぜ自分はこの質問をさせていただいたでしょうか。

 

私が話したいことは、

愛する自分の子供の話に真実に耳を傾けて欲しい。

子供たちの言うことを信じてあげて欲しい

ということです。

 

子供たちがなぜ摂理にいるのか。

なぜ摂理の教会に通っているのか。

子供たちに聞いたら、真実に話してくださいます。

 

子供たちは、自分の両親に一番先に摂理のことを伝えたいんです。

それはなぜでしょうか。

 

摂理で御言葉を聞いて、自分の生きる意味をはっきり分かったから。

自分の存在価値を分かったから。

ご両親が自分を真心込めて愛して育てて下さったことをはっきりと分かったから。

神様が自分を愛してこの世に生まれるようにし、育ててくださったように、

ご両親のことも神様が本当に愛していらっしゃることをはっきりと分かったから。

 

だから、自分が一番大切なご家族に神様の愛をいちはやく伝えたいんです。

 

でも世間一般的には摂理は悪い印象を持たれているため、

親に話したら絶対に反対されると思って話せない人たちも多いんです。

 

また宗教というと悪いイメージがあるから、絶対に反対という方もいることでしょう。

うちは仏教だからキリスト教を信じるのはダメという方もいることでしょう。

親に話したら絶対に反対されるから、

話したくても話せない。

本当はすべて隠さず話したいんです。

 

私が摂理に通っていることを、親も兄弟も知っています。

家族にいつ話そうかたくさん悩み祈りましたが、

一番ふさわしいときに話すようになりました。

 

自分が活動的になったこと、前向きになったこと、よりよく変化した自分の生きる姿を見て、

自分が摂理の教会に通っていることを認めてくれています。

 

父は数年前に亡くなってしまいましたが、

亡くなる前に摂理で学んだ御言葉を伝えました。

父は御言葉を学んでいるとき、

「もしこの話を聞いていなかったら、心が不安でずっと泣いていたかもしれない。

御言葉を聞いて心が平安になった。

癒しの時間だった」

と語ってくれました。

 

母も御言葉を学んでいます。

 

子供は親にたくさん話したいんです。

御言葉を学んで本当に変化出来たんだと。

感謝出来るようになったんだと。

 

ご両親が自分のことを認めてくれたら、これほど大きな喜びはありません。

 

だから、何らかの理由で自分の子供が摂理に通っていると分かった時、

頭ごなしに反対しないで、まずは子供たちの話に耳を傾けてあげてほしいです。

 

なぜ、摂理の教会に通っているのか。

摂理は何がいいのか。

何が魅力的なのか。

たくさん語ってくれることでしょう。

 

そして、実際に摂理がどういうところなのか、どういう人たちがいるのか、

どういう教えを学んでいるのか、

もっと知りたいという方がいらっしゃれば、

実際に摂理の教会に足を運んでみてください。

 

摂理の教会は決して怪しいところではございません。怪しい団体でもありません。

世間から遠ざかって暮らしているわけでもありません。

様々な分野で活躍されている方々が多いです。

 

真実にお話させていただきます。

 

自分の子供の話も聞いて、摂理の教会に実際に足も運んでみて、

自ら見て聞いて摂理を理解してほしいです。

 

また、直接足を運ぶ前に、摂理はどんなところか知りたいとネットで検索することも

多いと思います。

最近は、摂理の公式サイト、鄭明析牧師の公式サイト、摂理のメンバーたちが発信しているサイトもたくさんありますので

ぜひそちらもご覧になって頂きたいです。

脱会インタビュー
ここで摂理の脱会についてインタビューしてみた内容を紹介します。随時こちらのインタビュー内容は増やしていこうと思います。

一人目のインタビューひろこママです。

 

【摂理の会員制度!入会と脱会について】byひろこママ

(1)摂理との出会い

ひろこママが摂理(キリスト教福音宣教会)に通うようになったのは1997年5月のゴールデンウィークが明けた頃、あれから20年が経ち、21年目に突入です!

同じ摂理の教会に通っているメンバーの中には、ひろこママが摂理に来た時には、まだ産まれていなかったという方もいます。そう考えると、随分と月日が流れたのだなと思います。

 

ひろこママにとっては20年前と言っても、つい最近のことのようにも思えます。

高校時代の友人とバイト先の友人が先に摂理に通っていたことがきっかけで、ひろこママが摂理の教会に通うようになりました。

当時と現在、ちょっと違うのは・・・

結婚して子供も産まれたので一人ではなく、家族3人で通っているということ。

 

摂理に出会ってからの20年を振り返ってみれば、楽しい事、嬉しい事ばかりではなく、大変なこと、苦しいこともありました。

様々な局面で摂理で生きること、摂理の教会に通うことを諦めそうになった事もあります。今も摂理の教会に通い続けているということが自分でも驚きです。

今回、hiroさんから脱会インタビューを受けて

(2)【摂理の会員制度】と【入会】【脱会】について

考えてみました。

今現在、ひろこママは摂理の会員です。会員とは言ってもひろこママが摂理の会員である証明書というものは一つもありません。(もしかすると自称摂理人?いやいや摂理の会員です)

(3)摂理会員である証明

摂理会員の証明はどうすればいいのでしょうか?

◆摂理の会員番号というものがありません。

◆ひろこママの実家の住所、自宅の住所を摂理の教会に提出した事がありません。
摂理では会員の住所とかを集めて無いのですね。

◆摂理新聞等がないので(良く、化粧品の会員になったりすると会員向けのお知らせとかありますよね?個人的には欲しいですが・・・)ポストに新聞も届きません。

◆会費も払っていません。
(人では無く神様を中心とする教会ですから一般的な教会のように礼拝時に献金することはあります。額は一切決められておらず、あくまでも真心。多く払えば良いと言う教えも無いため、状況に応じて真心で捧げています。)
こう見ていくと、摂理の会員であるという証明を誰か人に対してするという事は難しいように思います。

私は摂理の会員です!と本人が自覚し本人がそう言うならば会員ということになりますが、証明書などの発行は困難ということです。現時点では。

(4)摂理会員の基準

摂理会員についての明確な基準というのは、あるようでありません。

摂理の礼拝に来ていることを基準にする場合もありますが、中には礼拝には行けなくても自宅で信仰を守っている方々も沢山いるため、礼拝に参加していることが基準ですとも言い切れないのが現状です。

ちょっと見方を変えてみます。

人ではなく神様から見たときの『摂理の会員』の基準は、計り知れないものがあります。
いくら私が摂理の会員ですと主張したとしても、神様から見て相応しくない生活をしているならば『摂理の会員』とは認められない場合もあると思います。
これぞ自称摂理会員ですかね。

摂理(キリスト教福音宣教会)は人ではなく、創造主神様を中心としている教会なので人が人を裁いたり、判断する事ができません。

本当の意味での摂理の会員基準と言うのは人が決めるものでは無いのかもしれません。

ただ神様だけが摂理会員の基準をご存知であり、神様と自分自身が交わす対話、お祈り、約束、御言葉、礼拝など様々なことを通して神様を体験し、感じて生きる生活をする中で摂理の会員の基準に近づいていくのだと思います。

(5)摂理『入会時期』の定義

「摂理に入会したのはいつですか?」
と聞かれたら答えに困る人が多いと思いますが。
あえて答えるならば

◆摂理の人に出会った時
◆摂理のイベントに足を運ぶようになった時
◆摂理で御言葉を聞き始めた時
◆御言葉を聞いて神様を知るようになった時
◆御言葉を聞いて神様を知り神様の働きを実際に感じるようになった時
◆礼拝に出るようになった時
◆御言葉を生活で実践するようになった時
◆摂理会員だと自覚した時

などなど、人によって様々な基準で答えると思うのです。つまり明確な基準というのはありません。

(6)摂理会員であり続ける事と脱会の分岐点

摂理の会員であり続けることと、脱会の分岐点に立たされた時、どっちを選択するのかは自分自身に任されています。
摂理の会員であり続けるからと言って、教会に縛られることはありません。

小学校・中学校・高校・大学にも普通に行き、就職活動もし、企業にも務めて社会生活をすることができます。

家族や友人との交流も断つどころか親子の関係がより近くなり仲良くなり良い関係を築けるようになっていきます。

人は会社が休みの時にスポーツをしたり、釣りに行ったり、コンサートに行ったり、多種多様に趣味生活を楽しみリフレッシュして生きていますし、それぞれの個性に応じてやりたいこと、選ぶコミュニティーも様々です。

その中の一つの選択肢として摂理を選択する人もいます。その熱心さも人によって様々。本当に自由です。それぞれ人が持っている価値観が違うため、脱会を選び摂理の教会に通うことをやめる人もいるかもしれません。

ある友人の体験談を聞いた事がありますが、分岐点に立たされた時に「小指だけでも摂理に引っ掛けておきな」と先輩にアドバイスを貰って、分岐点において脱会を選ばずに今に至っているそうです。それも数人が同じアドバイスによって悩みが楽になり、吹っ切れて摂理に残る選択肢を選んだそうで、分岐点で諦めなくて良かったと口を揃えて言います。今はみんな家族で教会に通っています。

私も何度もあった分岐点で脱会の道を選ばなかったことは正解だったと今は思います。

一人でも多くの方がより良い選択をできますように。

(7)入会と脱会を繰り返していた?

このように考えてみると
ひろこママはこの20年間!
摂理に『入会』と『脱会』を繰り返していたのかも知れません。

(明確な『入会』が存在しない摂理の教会には『脱会』という概念がそもそも無いので、はっきりとした線引きというのはしにくいのですが、より分かりやすくここでは『脱会』と表現します)

ひろこママが住んでいる地域には通える位置に教会があるので、ずっと日曜日には礼拝に参加していましたし、御言葉も聞き続けてきました。礼拝に出ていたのだからずっと会員だったとも言うことができます。

本当に、ただ礼拝に参加していれば会員なのか?というとそうでもありません。

聞いた御言葉をそのまま実践できればベストなのですが、心や行ないを神様の御言葉に合わせることができずに過ごしていた時期も多々ありました。(心ここにあらずの状態で過ごしていたこともあります。)

このような期間人の目には
「礼拝にも参加しているし『摂理の会員』だ」と写っていたとしても、

自分自身が
「教会に通っているから『摂理の会員』だ」と思っていたとしても、

神様の目から見たときには
残念ながら摂理会員とは認められず
摂理を『脱会』した状態になっていた事があったのだと思います。

(8)なぜ続けて教会に通うことを選択したのか

ひろこママは、摂理の教会に通い続けなさい!と誰かに説得されたことは一度もありません。
強引な勧誘で教会に連れて行かれたわけでもなく
無理矢理に御言葉を聞かされたわけでもなく
礼拝で聞く御言葉や賛美が、自分にとってリフレッシュできるきっかけになる事が多かったり、前向きな気持ちになれたり、元気になれる元のような存在だったのもあり、自然と足を運んでいました。

自分と神様との小さなやりとり、
その時その時に起こる様々な神様との経緯。
時には優しく、時には背中を押してくれ、時には厳しく叱ってくれる神様を少しずつ感じるようになっていました。

人間の心は変わりやすいと言いますが本当にそうで、ひろこママの心はコロコロと変わっていましたが、礼拝で聞く神様の御言葉はいつも中心がしっかりしていて、様々な角度から話してくださるのにブレがないし、変わらない事が確認できました。

宇宙万物や人間のすべての法則を作った創造主はコロコロ変わったりしないし、揺るぎない法則の中で私達人間が生かされていることを気付かされるようになりました。

神様は、
ひろこママが『放蕩息子』のように(聖書に出てきますが神様への親不孝のような感じで)過ごしていた時期も多かったけれど、様々な愛で働きかけて下さいました。
今思えば本当に感謝です。

摂理会員であることを許可して下さった神様の広い心と愛に驚くしかありません。ひろこママは宗教嫌いだったにもかかわらず、ひょんなきっかけでこの摂理に出会って宗教観が変わりました。

見えない神様。いるかいないか分からない神様なんて信じることはできない。宗教にはまったら人生駄目になる。宗教は自分には必要ない。勧誘されるのも絶対に嫌。そんなひろこママでしたが、御言葉を聞くと目からウロコの連続。

神様が目に見えない理由、地球が創られた理由、人間のしくみ、人間が生きる理由、人生1000年では無くたったの100年で終ってしまう理由、様々な疑問が聖書を基準にして解けていくことに驚きましたし、視野が狭くなるどころかどんどん広がっていきました。

学校でもおじそうさんと言われるほどコミュニケーションが苦手だったひろこママ。人への関心はなく自分の事で精一杯。ある意味自分さえ良ければいいという生き方だったのだと思います。

家族や環境に対する感謝もできない人間でしたが、御言葉を聞く中で多くの事に気づくようになって、親を大事に思うようになり、自分だけではなく他人の幸せをも考えるようになり、時には人のために涙を流してお祈りしてあげるようになり、ヒト嫌いがヒト好きになり、駄目人生から前向き人生に変わって行くのが分かりました。ほんの少しづつですが。

季節も今日からすっぱり秋だ!冬だ!と言い切ることができません。カレンダーで区切ることはできても秋なのに暑かったりします。でもいつの間にかやっぱり秋だと実感し、また気づけば少しづつ冬がやってきて、寒い寒いと言っていても時になれば桜が咲くようになります。

摂理の会員もいつが入会でいつ脱会というのも区別をつけることが出来ないのだなと思います。

 

【”摂理の真実 入会と脱会” Aさんの体験談】byあっこママ

 

摂理ママのあっこです

Aさんはあっこママがよく知っている
家庭局(摂理で結婚した)女性です

摂理の入会と脱会について、
Aさんの体験談を
載せることにします

(1)摂理メンバー Aさんとは

「摂理に戻ってこれて良かったね」

最近、銀河(子供)のスポーツで
会ったママに言われました

彼女は、
私が大学生だったときに
摂理の同じ教会にいて、
今は中学生と小学生の男子のママです

私は、以前、
親に反対されたり、
メンバーと色々あったり、
仕事が忙しすぎたり、
伝道した子が摂理を反対するなど、

本当にいろんなことがあって

何年か摂理の教会に
行かなくなったことが
ありました

仲良しの摂理メンバーから
こっそりと御言葉をもらい、
読み続けていたので

自分としては
摂理を離れたつもりは
ありませんでしたが、

教会には行かず、
月明洞へも行かず、
摂理の集まりにも
参加しませんでした

当時、自分としては
御言葉も読んでいたし、
自分なりにお祈りもしていたし、

神様のために仕事をする、と
心に強く決めていたので

自分としては
摂理にいて、
神様の懐にいるつもりだったのですが、

今から考えると
死の淵ぎりぎりを歩んでいた時期、
死線をさまよっていた時期、
信仰の危機でした

そして、
周りの摂理メンバーから見れば
摂理を出たと思われていた時期でした

というわけで、
私はある人から見ると

学生時代に摂理に入った

社会人になって摂理を出た

しばらくして摂理に戻った

と思われていたわけです。

 

 

摂理に入った=「入会」

摂理を出た=「脱会」

摂理に戻った=「再入会」

ある意味、
そのプロセスを経てきたので、
その体験を通して見たことをお話しします

 

(2)摂理に通い始める=入会

まず前提として、
「摂理に入会する」ということですが、

摂理では「入会」という
言葉も概念もありません

あえて言えば、
「礼拝にデビューした」とか
「摂理にきた」
「メンバーになった」
という言い方をします

また
「摂理を脱会する」という
言葉も概念もありません

あえて言えば、、、
「最近礼拝に来なくなった」とか
「摂理を出た」
「摂理を離れた」
「最近、連絡取れなくなったね」
「彼女、最近、教会に来ないね」
と言った言葉を使います

そして、しつこいですが、
「再入会」という
言葉も概念もありません

あえて言えば、、、
「摂理に戻ってきた」
「最近、礼拝にまた来るようになったね」
「最近、またがんばって教会に通ってるね」
という言い方をします

さて、
摂理に入会する、
摂理に来るプロセスとしては、

人によりますが、
友人や家族に誘われて、
聖書についての勉強をしてから
礼拝に参加することが多いと思いますが
いろいろな方がいらっしゃるようです

人それぞれ
神様との出会いがあり、
神様を感じた瞬間があり、
神様を信じるようになり、
教会に自らの意思で通うようになると

いつの間にか、摂理メンバーと
呼ばれるようになります

入会金、
入会書類、
入会規定などは
一切ありません

断言しますが、
物理的に何もやりとりがなく、
金銭も書類も一切伴いません

ただ、神様と自分との
目に見えない約束があるだけです

 

私の体験から言えば、
私は友人から誘われて
聖書の話を聞き始めました

旅行が大好きで、
欧米を旅行して美術館に通っており、

美術としてのキリスト教に関心が
あったので、知識を増やしたくて
聖書の話を聞き始めました

聖書の話を聞くために
大学から数駅隣にあった
当時の教会まで
週何回か通いました

ちなみに、
聖書の話を聞く時も、
お金は全く払いませんでした

せいぜい自分の飲み物を買うか、
気を使ってお菓子を買ったことが
あったかも(なかったかも)

最初は宗教に入会するつもりは全くなく、

メンバーからも
「御言葉を聞く?」とか
「次回はいつ御言葉を聞きたい?」と
聞かれても

「入会したい?」とか
「入信したい?」と
聞かれたことは一度もありませんでした

「宗教に入会したい?」はノーですが、
「御言葉を聞きたい?」はイエス
だったので、

御言葉を聞き続けたかった私は
そのまま聖書の勉強を続けました

知識のためのキリスト教を学ぶつもりが
ただの知識にとどまらずに

もともと歴史好きなのに加えて
大学受験科目が世界史選択で、
世界史の知識のベースがあったので
神様の視点で見た歴史の話が
とてもおもしろく、

聞き進めるうちに、
徐々に深く心にしみてきて

他人の話ではなく、
自分自身の話となり、

それまでの人生で解けなかった疑問、
それまでの人生で諦めていたこと、
それまでの人生で悩んでいたことが
聖書の話を聞きながら、
とけていくのを感じ、

御言葉を聞くことが
サークルや遊びよりも大切なものになり、
優先順位がどんどんあがっていきました

チョンミョンソク先生の御言葉を聞くことで、
神様との出会いがあり、
神様を信じるようになり、
神様のことを知るようになり、

もっと御言葉を聞きたくて、
摂理の教会に通いました

 

(3)摂理に行くことを反対された

当時、私の親は摂理に通うことに
大反対して、
家で問い詰められたり、
かなり険悪な日々でした

でも、誰かに言われたわけではなく、
自分の意思で
御言葉を聞き続けたくて、
続けて摂理の教会に通いました

もう大学生だったし、

自分の入るサークルも
自分が進む進路も
自分で選択する年齢だから、

親が反対するからといって
その道を進むことをやめようとは
思いませんでした

大学3年の冬に
摂理で御言葉を聞き始め、

親に反対されながらも
御言葉を聞き続け、

修了式に参加して、
正式に摂理メンバーになったのは
大学4年の春でした

摂理メンバーになってからも
自宅生だったので、

朝は普通に大学へ通い、
授業の後に教会へ行き、
夜になれば自宅に帰宅するという

一種のサークル活動のように
摂理の教会に通っていました

周りのメンバーは
ルームシェアをしている下宿生や
一人で住んでいる下宿生も多く、
自宅生で自由がない生活は
制約が多くてもどかしいことも
多かったですが。。

当たり前ですが、
メンバーから家を出るように
強制されることなど全くなく、

むしろ
「お母さんが心配するから
早く帰ったほうがいいよ」と
気遣われたりもしました

 

就職活動を始めてからも
父親が推薦してくれる会社は断り、
ある大手会社に正社員として
就職するようになりました

社会人になってからも
あいかわらず自宅生でした。

親を心配させたくなかったし、

摂理のことを話すと
家庭が暗くなってしまうので、
親とは摂理について
話さなくなりました

 

(4)摂理の教会へ行かなくなった=脱会

社会人になって数年で転職し、
仕事がどんどん忙しくなった頃、

摂理も
ちょうど難しい時期を迎えていました

その時期は1999年以降、

今からは考えられないほど
摂理が混沌としていた時期で、
各教会もばらばらになっていました

何が正しくて
何が間違っていて

誰が正しくて
誰が間違っているのか
わからない
混沌とした時期でした

そのとき、
私は神様のために仕事をすると
決心していたので、
ひたすら仕事に打ち込みました

そして、
私が伝道(摂理に来るように誘った)した人が
摂理を反対する側に回ったことなどにより、
仕事先にマスコミが来たこともあり、

TV報道などで
世間が騒がしくなったのを機に

親がまた摂理に通うことを反対し始め、
親が内部情報を得ていたような言動もあり、

人間不信になり、
徐々に教会に通うことが怖くなりました

それで、ある時期を境に
摂理の教会に通うのをやめ、

知り合いの摂理メンバーから
こっそりと御言葉をもらうようになりました

その頃から
私は「摂理から出た(脱会した)」と
当時の摂理メンバーからは
思われていたと思います

では、
その摂理を離れたと思われていた時期、

「脱会」していた時期に
何かがあったかと言えば、、、

この時も、
金銭や書類などの
やりとりはありませんでした

退会(脱会)届けもないし、
「脱会金、違約金」のような
金銭を要求されることも全くありませんでした
(そもそも摂理に来る時も何も払ってない)

執拗に誰かに追い回されることも
全くなく、

メンバーからの働きかけ、
引き戻しのようなことは
一切ありませんでした

ただ、仲良しの摂理メンバーが心配して
「元気?どうしてる?」とか
「お茶でもしない?」と
メールや電話をくれるくらいでした
(仕事が忙しすぎて、ほとんど返信しなかった)

たまたま
元メンバーの親戚の方のお葬式で
久しぶりに摂理メンバーが来ていて
当時の摂理の幹部の男性牧師にもお会いしたけれど、

「久しぶり。元気そうだね。どうしてるの?」と
声をかけてくれましたが、
当たり障りのない話題をしただけで、
その後もお互いに
特に連絡を取ることはありませんでした

「脱会を阻止するために身柄を拘束する」と
いうことは一切ありませんでした

「脱会するときに命の危険を感じた」
そんなことも全くありませんでした

なぜ「脱会」したか、
問い詰められたことも
全くありませんでした

 

(5)脱会屋の存在

「入会を阻止するために身柄を拘束する」
「脱会させるために何らかの働きかけをする」
「神様を信じないようにさせる働きかけ」

いわゆる「脱会屋」の働きかけが
はるかに強くありました

私は摂理に来て
御言葉を聞いていることを
親が知った頃、

親が私を
会いたくもない牧師のところに連れて行ったり、
行きたくもないキリスト教の教会に
しばらく通わされたりしました

親が決めて、
海外在住のキリスト教の親戚のところに
夏休み中、2ヶ月弱行くことになり、
結果的に生活をすべて監視され、
すべての手紙は開封されていた、
ということもありました

それまでは、
私の親は自分の子供を信じて、
私が好きなようにさせてくれていたので、
その時の親の対応、態度は、
明らかにおかしいと感じていました

周りのメンバーの話を聞いても、
学生や、社会人が、
ある日急に親に拘束、監禁されたり

摂理メンバーと結婚しようとしたら、
親戚にマンションに監禁されたり、

子供が生まれたばかりの時に、
親から身柄を拘束されたという話を
聞きました

そこには明らかに
親や親戚だけではない誰か、
「脱会屋」と言われる人たちの
働きかけがあったようです

もう大人なのに、
本人の意思は全く尊重されず、
親子関係が壊れてしまっても
誰も責任を取ってくれない、、、

社会人で会社に行けなくなっても
誰も責任を取ってくれない、、、

いわゆる「脱会ビジネス」の
犠牲になった方達がたくさんいます

私の親も、
子供を愛するから心配して、
大反対したり、拘束したり、
興信所を使うことまでしたようでした

そしてそこにつけ込む人たちがいたから、
さらに事態が悪化したと思います

今思えば、
他の誰も介さず、
親子で向かい合って、
もっとちゃんと話し合っていれば
分かり合えたはずなのに、

お互い、話し合う機会を逃して、
良好だった親子関係が壊れたことを
とても残念に思うしかありません

もし、今、
お子さんが摂理にいることを心配して
この文章を読んでいらっしゃる方、

他人の言葉を聞く前に、
まずはお子さんと向かい合って
話を聞いてみてください

反対するためではなくて、
「摂理を脱会」させるためではなくて、

大事なお子さんを理解するために。

私も子供がいるので
心配する親の気持ちは
推測することができますが、

子供の立場から言えば、
親に私が選んだものを
認めて欲しかったし、

親に
他人の言うことではなく、
私のことを信じて欲しかったと思います

私の親は
まだ私が摂理にいることを
完全には認めてはいないけれど、

本当に理解すれば、
私が何があっても摂理に残ったことを
心から喜んでくれると
本当によくやったと
褒めてくれると確信しています

 

(6)摂理の教会に戻った=再入会

話を戻して、、、

摂理では何かを強要されることはありません

摂理メンバーになるかどうかさえも
本人の自由です。

摂理メンバーになっても、
出て行くのも自由です。

そして、一度出て行っても、
摂理に戻ってくるのも自由です。

 

 

私が摂理の教会へ通わなかったある日、
神様との深い経緯の出来事がありました

誰か人間から何かを言われたわけではなく、

聖霊様が強い感動を与えてくださって
「今のまま御言葉を間接的に聞いているのではダメだ!
私は聖霊集会(摂理の集会)に参加しないといけない!!」と悟り、
自分の意思で、はっきり強く決心しました

それで、
知り合いの摂理メンバーに連絡をしたら、
その教会の牧師さんに連絡してくれて、
聖霊集会への参加が即OKになりました。

聖霊集会には出ましたが、
教会に行くのを怖く感じていたため、
すぐには教会には通いませんでしたが、

その女性牧師さんが
家のそばまで訪ねてきてくれて、
「久しぶり〜。元気だった?」
なんて雑談をしながら、
韓国料理のランチをしたことを覚えています

そのあと、
徐々に摂理の教会へ通うようになり、
しばらくして月明洞へ行ったり、
徐々に摂理のイベントにも出るようになり、
今は一般的な摂理のメンバーとして
信仰生活をしています

しつこいですが、
「再入会届け」や「再入会金」など
金銭や書類のやりとりなど
一切ありませんでした

(7)摂理に戻りたい方へ

摂理は言ってしまえば
出入り自由です

ただ、実際は、
本当に一度摂理を出ると
そう簡単には戻ってこれません

私の知り合いには
摂理を出て行った人がたくさんいるし、
摂理を出た人に
ばったり道で会ったこともあります

私が伝道した友人たちも
今は摂理の教会に来ていません

戻って来たければ、いつでも戻れる

でもなぜ戻ってこないか

誰かに傷つけられたから、
人の目が気になるから、
人から何か言われるのが怖いから
他の人が言うことを鵜呑みにしたから、
周りの人の何気ない言動に
ショックを受けたから

でも本当の理由は、
他の人ではなく
本人にあります

本人の心が変わってしまったから
本人の考えがストップをかけるから
本人の中で合理化してしまっているから
本人の罪を悔い改められなかったから
本人の中の優先順位が変わってしまったから

その考えにサタンが働きかけて、
ますます戻れなくなります

戻りたいと思っても
戻れなくなるそうです

私が再び、
摂理の教会に通うようになってからも、
摂理メンバーの何気ない言葉、態度に
傷つくことはたくさんありました

冒頭のママ友は仲良しで、
お互いよくわかっていて話したので
その言葉に温かさを感じたのですが

明らかに責めている言葉を
投げかけられたこともあり、
傷つくのが怖くて、メンバーに会いたくない時もありました

だからと言って、
もう摂理の教会に通うことを
やめたりしません

なぜ?

人間は所詮人間だし、
理解されないことがよくあるのは
仕方ないこと。

そう思えるまで、
かなり時間がかかったけれど、
まだ心に波が立つことはあるけれど

神様が私を愛してくださるから、
神様が呼んでくださったから、
私が摂理にいられることを悟ったから

人ではなく、
神様の目や評価が
大事だと思えるようになってきました

つい最近も、その頃のことで
メンバーに批判っぽいことを
言われたこともありましたが、

反省すべきことは反省した上で、
所詮人間だし、わかんないよね、と
聞き流しました(苦笑)

もし
摂理に戻ってきたいと思って、
この文章を読んでいる方、

摂理に戻ってくることは可能です

周りの人がなんと言おうと、
メンバーがなんと言おうと、

自分が決心して、
祈って、悔い改めて、
戻ってくるならば
神様は愛で受け入れてくださいます

いつ決心するか?
早く決心した方がいいです

少しでも早く始めれば
少しでも楽に戻ってくることができます

 

また、
摂理を出ようかと、迷いながら
この文章を読んでいる方、

迷っているならば
摂理を出ない方がいいです

戻るのは可能だけど、
戻るのは簡単ではありません

自分の中の考えが邪魔をして
サタンがさらに邪魔をするから。

しばし休んだとしても
神様の懐で休む方がずっといいです

 

 

私は社会人の時に、
一度摂理を出た人が
もう一度教会に通えるように
手伝ったことがありました

一人は摂理に来たばかりだったので、
誘ったら、
最初はためらっていたけれど、
すぐに教会に通うようになりました

でももう一人は
それまで摂理に長くいたのと、
摂理を離れていた時期が長かったので、
摂理にもう一度通うまでには
かなり時間とパワーが必要でした

邪魔もたくさん入りました

でもその険しい峠を乗り越えて、
戻ってきて、
とても元気に摂理を走っています

強くて素敵な女性だと
心から尊敬しています

 

 

また、私が伝道したママ友は、
神様を信じ続けると言いながら、
摂理の教会には来ていないし、
どこの教会にも通っていません

たまにメールをして、
子供の学校の話には返事が来ても
教会のことに触れると
返事がありません。

時が来れば、
神様の懐に戻ってくるようにと
祈るだけで、他に何もできないし、
何もしません。

お互い大人だし、
本人の生活と意思があるから。

摂理に戻るも、
摂理に戻らないも、
本人次第です

時が過ぎ去る前に、
彼女たち母娘が戻ってきてほしいと
祈るばかりです

摂理の「入会」と「脱会」に関して
世の中でまことしやかに
真実ではないことが
噂されていると聞きました

私の実体験から
摂理に対する誤解が解けることを
願ってやみません

【最後に一言】

ここまで記事を読んでくださりありがとうございました。

摂理にいて様々な理由で苦しんでいる方、もがいている方、疑問をもっていらっしゃる方々の力に少しでもなれたらと思い、インタビューも含めて本日は記事を書かせて頂きました。

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幸せな家庭をなすために日々奮闘中! 4歳の長男、1歳の娘の育児に励んでいます。 子供たちと共に過ごす時間とても楽しいです。 職業は医療機器の営業。 各地を駆け巡っています! 好きな食べ物は、鶏肉、餅、フルーツです♪
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