摂理のあっこママです
摂理の子供たちも、大人たちと同じように
毎週日曜日に礼拝を捧げます
子供たちも御言葉を聞きますが、
言葉だけで伝えても理解しずらいので、
子供たちが理解しやすいように、
いろいろ絵を作ってくれる方もいます
伝える大人は、
それぞれの教会の子供たちに合うように、
理解しやすいように、工夫して、
子供たちに御言葉を伝えます
今週はあっこママが幼稚園生に
御言葉を伝える担当でした
内容は「心と行ないの2つがあってこそ、一緒に暮らす」でした
そもそも幼稚園生って
何かをするときに、
心と行ないが別だということが
わからないだろうな、、、、
どうすれば理解できるだろうな、、、、
悩んで、祈っていて思い浮かんだのが
折り紙を使って、説明することでした
まず男の子と女の子がいて、
身近な例(ご飯を食べる、鬼ごっこをするなど)で、
心だけが合う、
行ないだけが合う、
心と行ないの両方があう
のパターンを紙人形(男の子と女の子)が寸劇をします
心が合うと、2人の心の折り紙をぴったり合わせ、
行ないが合うと、2人の行ないの折り紙をぴったり合わせます
たとえば・・・
男の子「一緒に遊ぼうよ」
女の子「うん、一緒に遊ぼう」
男の子「わーい、鬼ごっこしよう」
女の子「私は寝る、おやすみ」
↓
心は合うけれど、行ないが合わないので、
心の折り紙はぴったり合うけれど、
行ないの折り紙は離れたまま。
男の子「一緒に遊ぼうよ」
女の子「あんまり遊びたくないけど、仕方ないな」
男の子「なわとびしよう。」
女の子「(しぶしぶ)よいしょ、よいしょ」
↓
同じことをしている(行ないは合う)けれど、
心が合わないので、
行ないの折り紙はぴったり合うけれど、
心の折り紙は離れたままで、楽しくない。
(ハートの折り紙がこころ、青の折り紙がおこない)
幼稚園生たちは、
最初はよくわからない顔つきでしたが、
何回も寸劇をするうちに、
心と行ないがあること、
心と行ないが合わないと、楽しくないことがわかったようです
そして、次の話にうつります
「心と行ないの2つが合うときだけ、神様が一緒にいる時間なんだよ」
神様の大きな心、大きな行ないに
自分の心、行ないが合ったときだけ
折り紙をぴったり合わせます
「眠いなぁ。お祈りしてから眠るの面倒だな。寝ちゃえ。おやすみなさい」
これは、神様と心も行ないも合わない場合。
神様の心と行ないの折り紙と
自分の心と行ないの折り紙は離れたままです
このように繰り返し話して、
御言葉は終了しました
あとで、トラ君に「今日のお話覚えている?」と聞いたら、
「こころとおこないがあるんだよね」と答えました
他の子も、内容をよく覚えていた、という感想をいただきました
直前まで、どうしよう、どうしようと思って、
切実に祈って、御言葉を伝えたので、
聖霊様がたくさん助けてくださったようです
御言葉を伝えることで、
自分自身の理解の浅さを痛感し、
ただひたすら神様が子供たちに話してくださることを願います
到底自分の力でできることではありません。
子供たちに御言葉を伝えることができるように
してくださっている神様に心から感謝します
ちなみに、
トラ君の幼稚園がキリスト教の幼稚園なので、
日曜学校に行っているママ友に聞いたら、
「おもしろくない」とつぶやいていました
神様のことを、
御言葉をわかりやすく伝える努力、続けます(^^)
あっこ