今年の目標は本を書くこと。

自伝のようなものを書いて残していきたいと思います。

miyaは高知県宿毛市出身です。

高知の中でも最南端で東京から一番遠い場所と言われています。

妻からはハワイよりも遠い場所と言われてます。たしかに(^-^;

年に一度帰りますが、子供が小さい頃は、休みながら帰り、12時間かかったこともあります。

今も自然が豊かで、毎年夏に帰りますが、海、川で泳いだり釣りをしたりと満喫します。

そんな田舎で育ったmiya。

今日は、そのmiyaを育ててくれた父について書いてみます。

父はイエス様の父と同じ大工です。

父の仕事を手伝いに行って釘を打たせてもらったり、将来は大工になろうと思ったことも。

ある日、仕事に連れて行ってもらいましたが、ノミ、カンナ、のこぎり、金槌など

使いながら自分って不器用だなぁと思った記憶が鮮明にあります。

 

 

父は仕事をしっかりすることで有名です。

ほんとにまじめな父で、週休1日で月~土まで休まず働いて子供たちを養ってくれました。

朝は一番早くに現場に行き、先に準備をし、休憩も人より少なく、職場の鏡のような人でした。

 

 

だから家族で遊びに行くということは、ほとんどなかったと思います。

が、よくよく考えてみると、僕の誕生日5月5日には、

家族で遊びに連れて行ってもらいました。

数少ないですがキャッチボールをしたり、釣りに連れて行ってもらったりしたことも。

ある日は、100匹以上釣って日記に書いたことも覚えています。

僕らが生まれる前は、たばこも吸ってた父ですが、子供が生まれ、たばこもやめ、お酒もほとんど飲みません。

そんな父を見ながら、なんか楽しいことあるんかな~?と思ったこともあります。

子宝に恵まれ、僕を含む5人の子供をもったことが良かったのかな~とか。

今は孫が11人いるので、それが喜びなんだろうな~と思います。周りの人も孫が多くていいね~と。

帰省すると、子供たちもすごく良くしてもらってます。

たぶん僕もこんなに遊んでもらってないなぁというほどに。。。

父には、まじめに生きることについて学びました!

そんな父が5年ほど前に胃ガンの宣告をうけました。正直僕もびっくりしました。

ここで神様が見せてくださった奇跡について証します。

父はもう65歳を過ぎ仕事を辞めても良い歳でしたが、家計を支えるために働いていました。

仕事も少ない時期でしたが、まじめな父は、仕事が出来たら、必ずやり遂げるまで毎日働きました。

無理をする父ですが、久しぶりに一週間働きに出かけ、足が浮腫んで歩くのに違和感を感じたそうです。

そして病院に行くようになりました。

その日は、完全にわからず、再検査をするようになり、その結果、胃ガンが発見されました。

65歳を超えた年齢で、ふつうは仕事をしなくても良い感じですが、まじめな父の性格と、

家族のために、いつも祈っていた条件で、このタイミングで仕事が入り、足が浮腫み、胃ガンが

早く見つかるという奇跡が起こりました。ハレルヤ~☆

手術でも完全に良くなるように一緒に祈り、先生にも手紙を書いて、お祈りしてもらって、

胃は全摘しましたが、転位もなく、今は普通に生活しています。

本当に奇跡だと思います。

70歳を超えた今もたまに仕事にいきながら、孫の世話もして元気に過ごしています。

このような父の子供に生まれて感謝しています(^^)

 

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尾崎豊の十七歳の地図って歌、知ってるかい!この歌の「何のために生きてるのかわからなくなるよ」というフレーズ。19歳の自分にピッタリはまったよ。 なぜ、生きるかを知りたくて過ごした日々、奇跡的に摂理と出会うようになったんだ。 あれから20年、御言葉を聞き、今は結婚して二人娘のパパ。 そして仕事はフリーランスSE。鄭明析先生の御言葉でさらに大傑作人生に挑戦中だ!
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