『野菜』と一言で言っても色んな「個性」がある・・・
食べる部分だけでも様々な個性がある!
○実を食べる「果菜類」
ナス、トマト、ピーマン、カボチャ、きゅうり、オクラ、トウモロコシ、豆類、イチゴ、スイカなど・・・

○葉を食べる「葉菜類」
キャベツ、ニラ、白菜、菜の花、セロリ、ミズナ、シュンギクなど・・・

○根を食べる「根菜類」
ダイコン、カブ、ワサビ、イモ類、ニンジン、ゴボウ、ショウガ、レンコンなど・・・

他にも花菜類(ブロッコリー、ミョウガ)、菌茸類(キノコ)、茎菜類(タマネギ、ネギ、ニンニク、アスパラガス)もある。
細かく分けるともっとあります♪
食べる味、育て方、育てる時期など様々な個性があります(^^♪
それと同じく人間にも様々な個性があります!
神様の世界、摂理歴史では一人一人の個性を活かし、育てて下さります!
「僕なんて必要ない・・・」と思った事はありませんか?
「あなたが必要だ。愛している。」と神様はいつも言って下さります!
一人一人が貴い個性として、愛して下さる神様と聖霊様、御子、先生に感謝します!!!
コリント第1の手紙12章14節~
「実際、からだは一つの肢体だけではなく、多くのものからできている。もし足が、わたしは手ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。また、もし耳が、わたしは目ではないから、からだに属していないと言っても、それで、からだに属さないわけではない。もしからだ全体が目だとすれば、どこで聞くのか。もし、からだ全体が耳だとすれば、どこでかぐのか。そこで神は御旨のままに、肢体をそれぞれ、からだに備えられたのである。 もし、すべてのものが一つの肢体なら、どこにからだがあるのか。ところが実際、肢体は多くあるが、からだは一つなのである。目は手にむかって、「おまえはいらない」とは言えず、また頭は足にむかって、「おまえはいらない」とも言えない。そうではなく、むしろ、からだのうちで他よりも弱く見える肢体が、かえって必要なのであり、からだのうちで、他よりも見劣りがすると思えるところに、ものを着せていっそう見よくする。麗しくない部分はいっそう麗しくするが、麗しい部分はそうする必要がない。神は劣っている部分をいっそう見よくして、からだに調和をお与えになったのである。それは、からだの中に分裂がなく、それぞれの肢体が互にいたわり合うためなのである。もし一つの肢体が悩めば、ほかの肢体もみな共に悩み、一つの肢体が尊ばれると、ほかの肢体もみな共に喜ぶ。あなたがたはキリストのからだであり、ひとりびとりはその肢体である。そして、神は教会の中で、人々を立てて、第一に使徒、第二に預言者、第三に教師とし、次に力あるわざを行う者、次にいやしの賜物を持つ者、また補助者、管理者、種々の異言を語る者をおかれた。みんなが使徒だろうか。みんなが預言者だろうか。みんなが教師だろうか。みんなが力あるわざを行う者だろうか。」

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