献金と聞いてイメージするのは日本では政治献金でしょうか。

あまりにもイメージが違うので、一度考えをおいてから読んでください(^^)/

摂理での献金は、

神様に感謝と真心を捧げることです。

先生はお金がなく少ししかできないとしても

全部捧げられたり、捧げるとしてもお札のシワを伸ばして捧げられました。

うちの家庭では少ししかないとしても、

お札なら新札、硬貨なら新しいものを捧げるようにしています。

旧約の時もその年に採れた初物を神様に捧げられていました。

真心をみてくださる神様です。

 

最近は手渡しで給料をくれるとこは無いと思いますが、

昔、日雇いのバイトに行った時、キレイなお札でくれるとこと、

折れ曲がったものをくれるところでは、もらった時の気持ちが違いましたね~。

これも真心ですね。

お年玉もそうじゃなかったですか!やっぱり新札がうれしかったです。

 

また余ったものではなく、初めから分けておいて捧げることが大きいですね。

額の問題ではないです。

こういう小さな真心をしっかり受け取ってくださり、

今はフリーランスSEになることも許可して下さったと思います。

感謝が大きいです。

あとで明らかになることですが、神様に捧げたものは必ず何倍もの祝福で返してくださいます。

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尾崎豊の十七歳の地図って歌、知ってるかい!この歌の「何のために生きてるのかわからなくなるよ」というフレーズ。19歳の自分にピッタリはまったよ。 なぜ、生きるかを知りたくて過ごした日々、奇跡的に摂理と出会うようになったんだ。 あれから20年、御言葉を聞き、今は結婚して二人娘のパパ。 そして仕事はフリーランスSE。鄭明析先生の御言葉でさらに大傑作人生に挑戦中だ!
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