「私の時はこうだった」

口に出すことも
出さないこともありますが、
娘のみならず
後輩たちと接していても
よく思うことです。

 

この言葉、
事実として言うだけなら
特段問題はないと思うのですが、

「私の時はこうだった。
だからあなたもこうしたら」

という、ある意味
『価値観の押し付け』
になるのなら、
この言葉を使うときは
本当に慎重になった方がいいかも
と思います。

 

自分が過ごしてきた時について、
特にそれが心底良かったと
思っている時であるならば、
人間、やっぱり
「あの方法が良かった」と
思いたいものではないでしょうか。

「あれはダメだった」と認めると、
そのような時を過ごしてきた自分を
間接的にだとしても、
否定することに繋がっちゃいますから。
ダメだったことが事実だとしても、
そういうのはとても苦しいことです。

 

もちろん、私も
「私の時の方がいいのに」
と思うことはたくさんあります。

でも、目の前にいる人物は、
私と人格が違うのはもちろんですが、
生きてきた時代背景が違うことも
忘れてはいけないことだと思うんです。

生まれた年が5年も違えば、
ジェネレーションギャップも
いろいろ出てきませんか?
同じ時を生きて
流行っているものは同じでも、
受け取る年齢が違うから、
感じ方に違いが出てきます。

また、
その時代には最適だった方法が、
今も最適だとは限りません。

 

例えば現代っ子(ひとくくりにしてごめんね)。
「打たれ弱いから、褒めて育てないと」
なんてよく聞きます。

打たれ弱いのがいいとは思いませんが、
打たれ強くするために
敢えて叱ったり、
時には殴ってでも教えたり、
なんてのは、
時代錯誤じゃないかなと思います。

現代っ子が
生きてきた時代の流れは、
本人たちのせいでは決してないし、
現代っ子が持つ特性があるならば、
それに合わせて育てるのが
いいのではないかなと思います。

褒めて育てながら、
打たれ強い子にもなる方法を
模索すればいいんです。

経験に沿ってやれば
同じ結果が出るのではと思っちゃいますが、
必ずしもそうではないということを
親になったり指導する立場になったりした人は
肝に銘じるべきではないかと思います。

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Ricca

摂理に来て12年、家庭をもって4年、2歳の女児がいる新米ママです。思い通りにできなくて自分にイライラしちゃうこともある、フツーの人です。好きなものはチーズ、グレープフルーツ、固めのプリン、ビターチョコレート、御言葉。これまでの人生、器用貧乏で専門性に欠けるのが悩み。
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