「ママ、311のこと、覚えてるよ」

主日礼拝に向かう車の中で、

11歳のチタちゃんが話しかけてきました

 

その日その時は、チタちゃんの習い事で、

東京の家からバスで20分ほどの距離の

古い体育館の中にいました

(震災後しばらくして、その体育館は取り壊されました)

 

急に右に左に大きく長い間揺れたのも覚えているし、

大きなクレーン車が吊り下げていた、

大人の頭よりも大きい鉄の玉が

大きく揺れたのも覚えているそうです

 

あっこママ「こわかった?」

チタちゃん「うーん、こわくはなかったよ」

 

あっこママ「長い間、歩き続けたことは覚えてる?」

チタちゃん「それは覚えてないんだよね」

 

当時、5歳になったばかりのチタちゃん、

きっとママと手をつないでいたから、怖くなかったんだと思います

(子どもってそうみたいです)

 

大きなお腹をかかえた、あっこママは、

鉄の玉を見ながら、あれが飛んできて死ぬかもしれないと思ったこと、

チタちゃんの手を引いて、数時間歩き続けたこと、

児童館にたどり着いて、

児童館の片隅でチタちゃんと休みながら、

ぱんだパパが来るのを待ったことはよく覚えています

 

その日にお腹にいたトラ君は、2ヶ月後、

放射能拡散が心配している真っ只中に生まれ、

震災前のミルクや離乳食を日付を探したり、

西の地域の食材を取り寄せたり、

オムツや紙製品の確保に気を砕いたこともありました

 

時が経って、トラ君も元気に大きくなり、

もうすぐ幼稚園を卒園、来月には小学生になります

 

 

読売こども新聞の特集記事は、

震災6日後に生まれた東北の双子の小学1年生の元気な姿、

でも、当時赤ちゃんだった兄を亡くしていました

 

赤ちゃんが小学生になる程の時間が経ったけれど、

まだその悲しみ、苦しみが続いている方々が大勢います

その方たちのために祈ります

 

時は流れても、

その日のことは忘れない

 

多くの悲しみ、苦しみ、痛みがあって、

今があることを忘れてはいけない

 

命が生かされている私たちは

いつも感謝を忘れず、

道を見失わず、

本当に大事なことを中心に生きていきたいです

 

あっこ

 

 

 

 

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あっこママ

早稲田大学 政治経済学部卒、東京都心に在住。 【 チタちゃん(11歳女子)とトラ君(7歳男子)、ぱんだパパの4人家族】 大学生のときにキリスト教福音宣教会に出会う。 15年以上、海外出張もこなし夜中まで働くキャリアウーマンだったが、今は専業主婦として自分を作り中。 趣味は食べること、有酸素運動(水泳、ジョギング)、旅行、動物園・水族館に行くこと、偏食&少食の子供たちのために簡単においしくできるご飯を探求中、仕事も探し中(笑)