聖書・御言葉

摂理で年をとるということ

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摂理ママのあっこです

今朝、
秋の公園をジョギングしていたら
イチョウの木の葉が
雪のように散っていました

秋の落ち葉に
物悲しさを感じるのは、

自分が40代になり
親が人生の締めくくりを
意識しているのを見て

自分の人生の終わりを
考えるようになったからかもしれません

私が子供の時は
大人を哀れんでいました

自分の水々しい肌を見て、

若いことはいいことで

歳をとるということは
衰えるということは醜いものだと
漠然と考えていたように思います

だから歳を取りたくなかったです


でも、摂理に来て
考えがまったく変わりました

肉体の美しさはしばしの間です

今は美しい若い女性たち、
これから美しくなる子供たち、

ただ生まれた時がずれていただけ、
40年も経てば
おばあさんだし、
おばさんです

今、筋肉美を誇っている男性も
90歳まで
筋肉を誇り続けることはできないでしょう

2016年 鄭明析牧師の御言葉
人間は「頂点」までだんだんと花のように咲いていき、
「頂点」が過ぎてからは花のようにしおれていく。

人間が老いて死ぬのは誰でも同じ、
ただ生まれた時がずれただけです

肉体の美しさに希望をかけると
時が経てば、失望しかありません


50代を超えている摂理の牧師さんが
このようにおっしゃっていました

「私はずいぶん変化しました。
まだ足りないので、もっと変化します。
それが希望です。」

先生は
「人間は一生かけて、自分を作るものだ」
とおっしゃいます

それは、若さや肉体美を作ることではなく、
自分の考え、人格、性格、行動を作ること

神様が見て好ましい、
美しいと思う人間は
若さ、肉体美といった外見ではなく、
内面の美しさなのです

 

あっこママは
まだまだ自分を作り途中、

まだこの程度かと
ため息が出ることもあるけれど、

過去の自分を考えると
ずいぶん変わってきました

もっと理想的な自分を作り、
もっと変化するという
希望があるから

何歳でも
何歳になっても

摂理では希望があふれた生を
送ることができます

あっこ

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