つれづれ日記

罪について考えた過去の日記


人は根本的に自分が社会的に存在するために、「自分が社会から必要とされている感」が必要なところが誰かしらあるように思われた。
相互作用、相互必要とでもいうのか。
それがないと人って何であっても関係性が成り立たないことを悟った。
これは神様の法則だな。
だから神様も片思いはつらい。相互に必要としてこそ神様も神様として存在できるのだ
。今神様は自分の存在自体を否定されているようなものなのだ。
それでは、人は自分の存在が否定されたら生きることができなくなるぐらいなのに、神様はそれすら許してくださって、そのように自分の存在までを否定する人間を存在させてくださっているんだな。
神様に存在を認められねば生きていけない私たちが神様を否定している。。
先生の絶対条件。
敵までも愛する。
これは実はまさに神様から実践の精神だ。
神様がそのように自分の存在を否定し、ある意味で存在できなくまでさせている敵と言ってしまえば最大の敵(存在的には自分を殺している相手)=人間を生かしている、存在させている=愛してくださっている。絶対的に。
本当に天の愛って。。。
絶句する。
痛くてめまいがする。どれだけ人類が罪深いのか。
よく傍観者も加害者だというが、つまり犯罪を目の前にして何もしないのも罪だというが、まさに私たちはいまこの罪を犯している。
人類が神様を否定している。それを見ている。
ただ見ている。
これが罪以外のなんなのか。
だから必死でその分悔い改めを求めないといけないんだ。
それが自分の罪だから。
知っていて止められないから自分の罪でもあるから。
人類の罪は自分の罪だ。
なんて恐ろしい。。痛すぎる。
だから民族、世界のため悔い改めないのも、兄弟のため祈らないのも、罪なのか。
罪について悟るようになった。
愛してくださっている神様を悲しませることすべてが罪だ。
急にそれが深く胸に落ちてきた。
だからその言葉に聞き従わないことは罪になる。
いうこと聞かないだけでも心情害するものだが、ましてそれが愛で生かすために、命を救うための方法なのに、聞かないで地に落として死んでいく命を見たらどれほど心が痛いか、神様が悲しいか。
だから御言葉に不従順なのは罪なのだ。
肉界のように、権力者の気分、わがまままでも聞き従わなければならないような理不尽さ、強要性による不従順=罪ではない。
日本人の「不従順」という言葉へもイメージもよくない。
不従順=反抗的、反発心、挑戦的、反骨精神がある、なんて逆にいいものとして捉えてしまいそうなイメージがある。
サタンの主観はそうだ。いかに肉的に自分(=実はサタン)の力によって自分の運命を切り開くか、それが強さだと勘違いしている。
そのように洗脳されてきた。
したがったり、頼ったりはそういう自分で自分のこともどうにかできないようなヒトが、つまり弱いヒトが流されていく表現として捉えがちなのだ。
しかし、ここでいう従順はもちろん違う。
神様に従順するにはむしろすべての流れに立ち向かわなければならないほどの強さが必要。
それを自分の信念とか理想、希望、とかいうと人はある種受け入れるのに、神様の御旨に従順、というとすごく主体性がない弱いヒトのように見るから本当に謎だ。
言葉による認識観とはそれほど恐ろしい。
だから無知が恐ろしい。
神様の教育が本当に尊い。
人は自分が自分を生きていると思っている。
だから主体性というものをとても大事にする。
アイデンティティーと言ってもいい。
自分が自分であること、これに固執する。
そしてそれを捜して人生をさまよう。
しかし実際には私たちの人生の主人は主でいらっしゃり、肢体としてちゃんと個性も特性も、御心ももらっている。
人はそれを知らないから勝手に「自分」を探して、見つからなければ作り出して自分を納得させてまで自分の人生を作り上げる。
いわば装飾する。
そうでないと自分が何で生きているのかわからないからだ。
なんで生まれたのか、存在するのか、生きて何をするべきなのか、どう生きるべきなのか。。
そして死ぬ。
でも主が主人であることを認めて、その価値性、御心どおりに使ってもらおうと努力するその人生の甲斐は変えがたい。
必ず報いられるし、決まって示されたレールを歩くのではないから試行錯誤する。
その自由意志ゆえの旅の行く末が自分の心と霊を鍛えて完全なものとする。
そこに御心があり、実は個性もある。
これが生きる甲斐ではないか。
レールがあるなら楽だが、個性と言うよりは既製品だ。
ライン製造品だ。
むしろその完成の過程にこそ個性がある。
それによって完成品の個性が生まれる。
ガラスや陶器は面白い。
まったく同じヒトが同じように作っても同じものはできない。
その温度や湿度や外的要因すべてを凝縮して、結果は完成する。
これはまさにわたしたちの霊が肉体の人生を経て完成するのに似ている。
見た目には一個の器。
材料は土。
でもそれはそこに係ったすべてのものの結果である。
製作者の思い、身体的な状況、疲れてたらその疲れが手に出て、それが作品に反映したら、その作品はその疲れまでも受け取ったことになる。
ヒトの人生がもっと分かりやすい。
ヒトの材料は水分、タンパク質、ミネラル。。
みんな大して変わらない。
しかし育った環境や出会ったヒト、経験、見たもの聞いたものがその人の人生となって、結局その人に吸収されて、今日のあなたがいるだろう。
その人生に係ったすべての結果の凝縮体が今のあなただろう。
そのように、この肉の人生のすべてが霊に凝縮されるのだと言うことが今悟れました。

 

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まりも

まりも

人生にさ迷っていた大学院時代に北の大地で摂理に出会い、散り散りだった日々がまりものように丸くまとまり始める。 その後、仕事で首都圏へ。 湖に帰りたいと泣きながら激務によりいっそう練達され、大分美しい球状に近づいてきた。 近年、暑さに弱いのに日本有数の暑さを誇る地に嫁入り。負けじと光合成に励み、子まりもを増殖。 現在は阿寒湖のように懐広い夫と共に子まりも、まーちゃんの育児に奮闘中。
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