シリアスな内容ばっかり書きたい訳ではないのですが。。

日本に大規模な地震がありました。
会社では交通機関がストップして帰れないヒトが多く
同僚は徹夜で歩き、家に帰ったと言っていました。
すぐそばのデスクの先輩が
「待ってるヒトがいるから、帰らないと」
と言いながら、一生懸命徒歩の経路を調べていました。
かくいう私の実家は震度6以上の地域。
家族も友人もまったく安否が分からないままに時間が過ぎました。
まわりのヒトに「心配でしょう」と言われるたびに
静かに心の中で祈っていました。
仕事が終わって教会にお祈りにいくと
余震も続く中で兄弟姉妹が讃美し
祈る姿に
だんだんと緊張していた自分の心がほぐれるのを感じました。
そして家に帰ってからも祈っていて思い出したのが
自分が数年前に飛行機で実家から当時住んでいた地域に帰るときのことでした。
空港の待合所にいたら、急に「もう2度と家族には会えないかもしれない」という
思いがわいてきて、号泣してしまいました。
それでも
「自分がいくら家族の側にいても
根本的にその霊魂、肉体の命さえ私には救えない。
全ては神様が治めているから
今は辛くても、2度と会えなくても
私が神様についていって、家族のためにも義を積むんだ。
そのほうが実質的だ。」
そういう決心をしてずっと飛行機の中でお祈りしていたことを思い出しました。
それから何事もなく数回実家に帰ることはありましたが
ああ、先に祈ったその決心のお陰で
いま取り乱さずに自分はいられるのだなと悟りました。
そうしてまた家族、信仰の兄弟姉妹、被災地のために祈りました。
夜中遅くに家族と一度だけ電話ができました。
命は無事でした。
実家は内陸でしたが活断層のすぐ側でしたので
主が守って下さったことを感じました。
また
さきほどほかの親族とも連絡が取れました。
三時間並んでようやく今日は食べるものも手に入ったし
心配しないで
電気もついたよ
従兄弟が電話をくれました。
感謝と共に
本当にもっと祈らなければと思います。
友人の多くはまだ消息が分かりません。
無事を祈るばかりです。

 

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まりも

まりも

人生にさ迷っていた大学院時代に北の大地で摂理に出会い、散り散りだった日々がまりものように丸くまとまり始める。 その後、仕事で首都圏へ。 湖に帰りたいと泣きながら激務によりいっそう練達され、大分美しい球状に近づいてきた。 近年、暑さに弱いのに日本有数の暑さを誇る地に嫁入り。負けじと光合成に励み、子まりもを増殖。 現在は阿寒湖のように懐広い夫と共に子まりも、まーちゃんの育児に奮闘中。
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